UNCE UPON A TIME IN TAIMA

映画をネタ的切り口で適当に書くブログ。批評考察などは恐らくやらないと思いますw

チェーンソーの正しい使い方?!

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チェーンソーとは

多数の小さな刃がついたチェーンを動力により回転させて、鋸と同様に対象物を切ることができる動力工具の一種。(Wikipediaより抜粋。)

本来の用途は主に森林伐採に使われる道具ですね。しかし我々映画ファンにとってはホラー映画に登場する“殺人道具”としての印象が強いのではないでしょうか。

本来の用途として巨木を斬り倒すチェーンソーよりも血肉を撒き散らしてるチェーンソーの方を目にする機会の方が多いぐらいだと思います。

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チェーンソーを使う殺人鬼としてトビー・フーパー監督の『悪魔のいけにえ』(1974年)のレザーフェイスが真っ先に浮かぶ方が多いでしょう。

凶悪なエンジン音を響かせながらチェーンソーを掲げ迫ってくるレザーフェイスは強烈なインパクトでした。

ホラー映画における“殺人道具”としてのチェーンソーを最も有名たらしめたといえる『悪魔のいけにえ』ですが、意外にもホラー映画にチェーンソーを用いたのはこの映画が元祖ではないんですね。

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更に遡ること2年前、ウェス・クレイヴン監督による『鮮血の美学』(1972年)にて“殺人道具”としてのチェーンソーが初めて登場しました。

娘をDQNどもにレイプされた父母の凄惨なる復讐劇。人間を切り刻むというホラー映画的な使用法を実践したのはこの映画が元祖。

 

レザーフェイスのイメージから殺人鬼が使用するというイメージが強いチェーンソーですが

悪魔のいけにえ』以外では主人公サイドが使用することが多いと思います。

一般人が所持しても違法ではなく武器へ転ずれば多大な殺傷能力を発揮することが出来ると。こういうホラー映画の影響でチェーンソーをそもそも武器だと勘違いしてる人も少なからずいるらしい。(リンクの記事参照。)

 

この記事に書かれていますが実際にはチェーンソーの武器としての実用性は低いようです。

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まず武器としてリーチが短い。小型とはいえエンジンを積んでいるので相当の重量で取り回しも悪く携行性にも欠ける。作動音が煩く敵の注意を引いてしまう。燃料性であること。ガソリン式で継続稼働できるのは20〜30分程度。それに使用者の疲労も鑑み一度の作業時間は10分以内、1日2時間以内というルールもあるそうです。

ホラー映画ほど容易に使うことの出来るものではなさそうですね。あくまでもチェーンソーの武器化というのはホラー映画ならではのフィクショナルな設定です。

 

しかしそんなホラー映画の中にも恐らくこれが唯一、正しいチェーンソーの使用法を実践している映画が存在しています。

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それがコレ。タイ産ホラー映画『タキアン』です。

タイの山奥でダム建設のため森林伐採を繰り返す住民に森の守護神タキアンが殺戮を繰り広げるというスピリチュアルエコロジーホラー映画。

幾多のホラー映画にチェーンソーが登場しながら軽視されがちな本来の用途、森林伐採がしっかりと描かれた映画です。

とは言っても森林伐採するチェーンソーを観るだけならば林業青春映画『WOOD JOB!』を観ればいい話で。

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ちゃんとホラー映画の武器としてのチェーンソーの見せ場が存在します。

相対する敵にその刃を食い込ませてこそ!それがホラー映画の正しいチェーンソーの使い方というものです。

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物語中盤、森林伐採業者たちへ暴虐の限りを尽くす森の精霊タキアンに、現場を取り仕切る近隣村の村長がチェーンソーを手に怒りの突撃!!

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あれ………?結局ただ木を切ってるだけだな。

森の精霊タキアンは時として女性の姿を模っていたりするがその本体は巨大な霊木。

物理的に攻撃するには木を切り倒すというその一手しかない。傍目に見たらただオッサンが雄叫び上げながら物言わぬ木を切ってるだけなのでシュールですw

またその際のタキアンの攻撃方法が切り倒された他の木を突風で舞い上がらせ空から丸太を落とし人間をプチプチ潰していくというもの。

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無数に空を舞い飛ぶ丸太をかい潜りながらチェーンソーで大木相手に喧嘩を売るオッサン。

もうシュールを通り越してカオスですw

必ずしもリアリティを追求すれば映画が面白くなるという訳ではありませんね。

 

「ホラー映画にチェーンソーが武器として登場するけど実用性は皆無でリアリティがないよね。そもそも本来の用途は森林伐採とか…」

 

なんてのたまう奴にはこの『タキアン』を見せつけてやればいいです。一発で黙ります。

『WOOD JOB!』でも観てろ!!!

あくまで映画のファンタジーな武器として楽しむべきです。よりフィクショナルな設定を付加していけば小道具として扱いやすいでしょう。

有名なところとしては『死霊のはらわた』でしょうか。

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正確には2からですね。1は意外とチェーンソーの見せ場は少ない。

主人公アッシュ(ブルース・キャンベル)のヒロイックな武器として登場します。死霊に取り憑かれたために切り落とした右腕へ装着するアタッチメント方式。

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最新のドラマシリーズまでアッシュのトレードマークとなっています。並み居る死霊どもを一刀両断です。

そしてこの『死霊のはらわた』に倣って和製ゾンビ映画STACY』には「ブルース・キャンベルの右手」なるチェーンソーが登場します。

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その名の由来となったブルース・キャンベル同様片手へ装着するアタッチメント方式。

15〜17歳の少女が突如死亡しゾンビ化するという現象が世界的規模で蔓延する世界。

いつしかSTACY(ステーシー)と呼ばれるようになった少女ゾンビは家族や恋人にのみ再び殺す“再殺権”が与えられます。

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このステーシーを完全に殺すためには165分割以上の肉塊へと解体しなければなりません。そんな時頼りになるのがこの「ブルース・キャンベルの右手」です。

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この世界では完全にチェーンソーは武器、死体の処理道具として売られているんですね。普通に通販で買えるようです。いやはや恐ろしい世界もあったもんだ。

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さらにタイトルがズバリ!その名も『血まみれスケバンチェーンソー』では武器としての機能性を追求したチェーンソーが登場。

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何故かふんどし履きの無頼のスケバンであり解体屋を営む“鋸村ギーコ”はマッドサイエンティスト“蒼井ネロ”に改造死体にされた元クラスメイトたちとの闘いへ身を投じる。

様々な能力を持つ改造死体たちを相手に普通のチェーンソーでは太刀打ちできない。戦闘用へ特化された様々なギミックが仕込まれている。

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内蔵したシリンダー機構により伸縮自在の攻撃を繰り出す“つらぬきのチェーンソー”

これでチェーンソーの欠点であるリーチ不足を解消。

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そして刃を弾丸としたマシンガンと化す“撃ち込みのチェーンソー”

これで更なる遠距離にも対応できる。

まだまだこれだけに留まらない。お次は機能性を超えた機能美を追求したチェーンソーの登場です。

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これまた和製ゾンビ映画『ヘルドライバー』から日本刀型チェーンソー。

劇中での呼称はありませんが“チェーンブレイド”とでも呼んだら良いでしょうか。

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胸部に人工心臓として組み込まれたエンジンが刀身と独立した設計となっているためチェーンソーにおける重量や武器としての取り回しという欠点を解消しています。

片手でも軽々と扱え威力は絶大。武器としてこれ以上ない志向の逸品ですね。

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さて、つらつらとチェーンソーに関して記してきたのは何故かというと…

どうやら週刊少年ジャンプにて『チェーンソーマン』なる漫画が連載されているらしいんですね。

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青少年に絶大な影響を与える少年ジャンプです。まだ善悪の判断もつかない子どもがチェーンソーのカッコよさに目覚めてしまったらどうしようと危惧した訳です。

まだちん毛も生えてないんですよ、奴らは。

 

にわかに子ども達の間でチェーンソーブームが巻き起こっているかもしれません。

だからこそチェーンソーの正しい認識を持ってもらいたくこの記事を執筆致した次第です。

 

もしも、あなたの大して可愛くもないクソ生意気なバカ息子が

 

「お父さん!僕チェーンソーが欲しい!!」

 

なんて言い出した日にはこの記事を読ませて貰えると幸いです。

それと『タキアン』を無理やり見せて泣かしましょう。

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『カランコエの花』LGBTへ対する周囲の戸惑い

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新年、私の劇場映画始めとなったのはカランコエの花』去年からずっと観たかった作品だったが私事で都合がつかずに年を越しての鑑賞となってしまった。やっと観に行けた1月4日が奇しくも県内での上映最終日。いやあ間に合って良かった。これまで“LGBT”を描いた作品だとその当事者が主軸となって描かれてきたが本作ではその周囲の人間が主軸に描かれている。

高校2年生のクラス。とある日に保険医が突如始めた「LGBTについて」の授業。それをきっかけに生徒の間で「クラス内にLGBTがいるのでは?」という疑念が渦巻いていく。

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LGBTへ対する周囲の戸惑いが本作のテーマだ。自分もLGBTへ対して偏見や差別の意識は持たないと頭では思っているものの実際にそのような知り合いがいる訳ではないので目の当たりにした場合にどういう反応をすべきか、そして出来るのか分からない。

例えば知り合いがそれを告白してくれたとして、それを真剣に受け止めるべきなのか、笑って軽く受け止めるべきなのか。どう応えることが正しいのかと戸惑い、そして考えるはずだ。

相手を傷つけないように……まるで腫れ物に触るかのような態度になってしまうと思う。決して自分の中に悪意はないと思いながらもそれをどう相手に伝えるかは難しい。机上の空論だけでは語れない問題だ。

LGBTという話だけに限らず人と人とのコミュニケーションにおいては必ず誤解や齟齬が生まれるものだ。

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本作では思春期の移ろいやすい若者たちのそうした戸惑いを丹念に描写していく。教室という狭い世界。友情や恋愛などの人間関係、それぞれの想いが騒動に直結し交錯していく。彼らの言葉や表情ひとつに至るまで寸分足りとも見逃せず39分という短編ながら実に濃密な映画体感が出来る。

 

この物語の終幕を見届けた後、自分はまたすぐにでも頭からこの映画をもう一度観たい!と強く思った。それぞれの人物の想いや立ち位置がハッキリした2回目以降は違った視点で物語が見えるはずだからだ。しかし惜しむらくは自分が観に行ったのが県内上映最終日であったこと。去年のうちに鑑賞できていればもう一度鑑賞していたと思う。反芻するようにこの作品を楽しむのはDVDが発売されるその時まで待ちたいと思う。

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そしてこの映画の終幕といえばもうひとつ。エンドロールにある演出が仕掛けられている。近年観た映画でも最も印象に残ったエンドロールになった。詳細に言及しようとするとどうしてもネタバレになってしまうからこれ以上は話せないがこの作品のテーマを最も体現した部分であると思う。

 

とにかく観て色々と考えさせられることの多い作品だ。何においても分かりやすい答えや正しさばかりを求める今の時代だからこそ観て考えて想いを馳せて欲しい作品だ。

 

 

なぜワーストを語りたいのか?〜映画を語ることの是非〜

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年末が近づいてくると映画好きの間で行われるのがその年のベスト映画の選出。そしてベストがあるならばその逆にワースト映画も存在する訳なのだが…それに対してこのような意見がチラホラと聞かれる。

 

「ワースト映画を語る必要があるのか?」と。

 

酷評を並べ立てることに何の意味があろうかと。誰かが好きな作品を酷評する必要があろうかと。誰かが観るべき作品を鑑賞する機会を酷評することによって奪いはしないかと。そういう意見ですね。

 

 

私もTwitter上でこう語っていたりします。

が、あくまで自分のスタンスとして酷評もワーストも垂れ流すつもりはなくわざわざワーストなんて語る必要なんてねえじゃねえかという想いがあるというだけでワーストを語ること自体を否定はしません。つぅーかどうでもいいって言っちゃってるし。(だったら言うなや!って話ですけどね。石を投げるなら数日前の私に投げてくださいw)

 

貴方のワーストは誰かのベスト。誰かが好きな作品を悪く言うことはその誰かを不快にさせてしまうかもしれない。どうせ語るのならば楽しい映画のことだけを語る優しい世界がいい。他人へ配慮した上で発言を選ぶ考え方は素敵なことだと思うんです。まあこういう言い方をすると自分のスタンスを自画自賛しているみたいで気持ち悪くなりますけどw

 

酷評、なにかを酷く言うことが他人にネガティヴなイメージを与えることは確かなんだけどでも決してそれだけではない。誰かの酷評によって作品のハードルが下がって自分はその作品を好意的に観れるようになるという場合もある。また他人の感情をそれだけネガティヴに揺り動かした映画ってどんなものかと興味が湧くこともある。各々の捉え方次第ではあります。

 

じゃあ“賛”だけに埋め尽くされた優しい世界が正しいのかというと、中にはあまりにもその作品の絶賛評が多いだの他人の盛り上がりを見て逆に観る気を失くすという天邪鬼な人もいます。だから一概に映画を褒めることだけが正しいとも言えないんですよね。

 

結局のところ、何に関しても賛否どちらもあるというのが自然な形なんです。他人の口に戸を立てることはできない。誰にも気兼ねなく自由に発言をできることが望ましい。安易に他人を揶揄したり侮蔑するようなことさえしなければ。それに私たちは見たいもの聞きたいものを自分で取捨選択できるんです。というか不快なものを見たくないならば自分で取捨選択をすべきなのです。どうにもこういう話になると何故かみんな受け身の被害者になりますけどね。

 

それに映画を観ることにも語ることにも「正しさ」や「答え」を求めすぎかな。映画そのものに賛否あって然るべきなように、このワーストの是非についても色んな意見があって然るべきです。なんかこれについても互いの正しさをぶつけ合うみたいな様相になってしまってて、自分はワーストへ否定的な立場ではあるけどなんかそれは違うんだよな…と思います。

 

ワーストの否定派も肯定派も互いに互いの考えを少し想いを馳せてみるだけでいいんじゃないかと。いろんな意見があって然るべきだと考えるならば違う意見にも耳を傾けてこそです。そこで変に意識しなくてもいい。そもそも単純に割り切れない心のひだを感じたいからこそ映画を観るんじゃないの?

 

まあこのような意見がチラホラと出てきたのってそれだけこの年末にベストとワーストを決めるってこの行事がそれだけ定着したってことですよね。単純にそれだけだと思います。誰にも気兼ねなんてしなくていいから好きに観て好きに語れい。

 

 

 

あら、このブログに似つかわしぬクソ真面目な話を展開してしまいました。まあぶっちゃけ言っちゃうけどどうでもいいじゃん!個人のベストなんてワーストなんて!!そんな話よりさあ……

 

誰のベストにもワーストにも入らなかった、忘れ去られてしまった映画の話でもする?それともY談でもしましゅか?

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2018年映画ベスト『わたしたちの家』

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その年のベスト映画ということでランキング形式で10本あげる方が殆どだと思いますが…

自分の中でベスト!とまで標榜できる作品は年に数本あればいい方です。私の選定基準においては。脚本や演出、単に作品の完成度だけでは決められない。それとはまた別に自分の心の琴線へ奥深く突き刺さるような、それまでの映画にはなかった新たな視野を広げてくれたような、その他の作品とは一線を画する“特別な映画体験”というくらいに呼べる作品でなければベストという冠は与えられません。

 

まあ単純に面白かったと思う作品を気軽に選べば良いんでしょうけどね。そもそも点数をつけるとか順位付けすること自体が嫌なんです。面白かった作品に上も下もない。いや、なんとなくは好みのレベルであるんでしょうけど明確化はしたくない。ジャンルが違う作品は比較出来ないし。アクション大作とヒューマンドラマじゃ全く評価するものが違う。どちらのジャンルが好きかということになるし結局は。

 

そんなハッキリと出来ない、させたくない性格であるのでベストとしてあげる作品は特別な作品だけにしたいんですよね。まあ面倒くさい奴だなぁ〜とお思いでしょうが…と、いう訳で今年のベスト映画は一本のみ選出でオンリーワンフィニッシュです。そしてそのタイトルは……

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わたしたちの家

黒沢清監督に師事した新鋭、清原惟監督の長編デビュー作。この“黒沢清監督に師事”という点でなんとなく作風を察して欲しいですw

私の稚拙な文章力ではとてもこの作品の良さを説明しきれないので。

 

まずこの作品のことを語る前に最近のインディペンデント映画で評価される作品の傾向について。新人監督の鮮烈なデビュー作!という触れ込みでバイオレンス志向の過激な作品が多いと思うんです。これまで邦画にその類の作品が皆無だったのかというと否、70〜80年代はメジャーでもそういう作品は多かったし、それこそインディペンデントや未公開Vシネなども見ればそういう作品は絶えずにあったと思うんですね。だからジャンルとしては目新しい訳ではない。

 

まあしかしテレビ映画が闊歩する邦画メジャーでは久しくなって、そんな中で勢いのある新人の監督が景気の良いバイオレントな映画で殴り込んできたっ!って歓迎ではあったんでしょうか。でも今やメジャーでもその類の作品が波及してきた今としては多少そのジャンルが飽和気味だと思うんです。新人監督がインパクトを残すために過激な作風を打ち出すことはいいとしても、あまりにもそういう作品が出揃い過ぎた現状だと逆にそれがマンネリ。年齢と共に好みが変わってきたのもありますね。とにかく過激さがウリの作品はもうお腹いっぱい…何か別の方向性で才能溢れる監督は出てこないものか…と思っていた時に、まさに彗星の如く現れたのが本作、そして清原惟監督なのでした。

 

 

 

 

わたしたちの家』のタイトル通り、“一軒の家”にて物語が展開する室内劇。本作では二組の主人公が登場します。

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もうすぐ14歳の誕生日を迎える少女“セリ”。父親が失踪して以来、母親の“桐子”と二人暮らし。最近、母親に新しい恋人ができて複雑な思いを抱えている。

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目覚めるとフェリーに乗っており、それ以前の記憶をなくしていた女性“さな”。彼女は船内で出会った女性、“透子”の家へ住まわせてもらうこととなる。

 

この二組の主人公、合計四人の共同生活?と思いきや違います。同じ家を舞台としながらそれぞれが独立した世界観なんです。この2つ世界を隔てるものが“時間”なのか、それとも一方は“幽霊”か“幻”か、それとも“平行世界”の出来事なのか、説明を廃した語り口からは明確な答えは得られないのだが、なんとも評しがたいこの捉えどころのない物語の虜になってしまう。

 

この2つの物語は一見絡み合いそうに思えないが、家の中で感じる空気の流れや暗闇に感じる誰かの気配など、ふと感じる違和感によって互いに“見えない誰か”を意識するようになっていく。いよいよクライマックスには家の廊下をグルーっとカメラが回り込むその動きだけで2つの世界が確かにシンクロしていくという映像体感の昂揚感といったら!今までに味わったことのない新鮮さがあった映画でした。

 

ジャンル的にも正確にこれだと明言することが出来ない。思春期の少女の青春もの、2人の女性の友愛もの、何故かちょっときな臭いような展開もあったり、家において感じる誰か別の気配とかホラー映画っぽくもありますし。驚くほど豊かな物語が詰め込まれてるんですね。でもそのどれも捉えようがなくて翻弄されるのが心地良い。その捉えられなさが魅力である反面、非常に良さを語りづらい映画です。とにもかくにも観て欲しい。まだまだ全国順次公開中で機会があれば観て欲しい作品なのでこれ以上多くのことは語りません。いや語れないというべきかな。

 

 

 

ちなみに、この映画は劇場で鑑賞した訳ではありません。契約しているスターチャンネルで放映されたものを観ました。私、田舎民でミニシアター系映画弱者ですからそう容易にこの手の作品を劇場で観ることが出来ません。ベストを選ぶにあたって劇場鑑賞したものを前提にしている方も多いと思います。もちろん映画は劇場でスクリーンで観るのが一番なのは確かです。劇場と自宅では視聴設備の差、また気持ち的にも、心待ちにして劇場へ足を運ぶのと、何の気なしにレンタルで自宅で観るのとはだいぶ違います。

 

劇場鑑賞したものを前提に、という拘りはあっても良いと思います。例え自宅のテレビで若しくはスマホで観たものであったとしても自分にとって傑作たる、揺るぎようのない作品であるならばその時は例外的にでも拘りを取っ払って素直に作品を評価しても良いんじゃないかと思います。劇場鑑賞したか否かでそこで線引きしなくてもいいんじゃないのかと。

 

年間ベストとその年の映画を振り返る機会ですからより多くの作品が人の数だけ評価されるべきであると思うしそこで線引きがあって埋もれる作品が勿体無いなと思うんですよね。『わたしたちの家』は自宅のテレビで観たとしてもそれでも自分にとって揺るぎようのない傑作でしたから劇場で観てなくともこれをベストに入れたかった。

 

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また年間ベストの中にNetflixオリジナルの作品を入れている方もけっこういますね。劇場公開を前提としないこれらの作品も今後より増えていくでしょうし視聴法も多種多様化していく中で劇場鑑賞のみに絞ってしまうのも時代に即してないのかなと思うところもあります。

 

まあしかし他人の主義を曲げることは出来ないし、なんだかんだと一本しかベストを選んでないお前がどの口で言ってんだって話ですけどね、うん。

ジャッキーの新たな決意表明?!ポリス・ストーリー/REBORN

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稀代のアクションスター、ジャッキー・チェンの主演最新作『ポリス・ストーリー/REBORN』が遂に公開!!!

ポリス・ストーリーはジャッキーの現代アクションの最も代表的な作品としてこれまで多数のシリーズが製作され続けてきた。日本では今作が『ポリス・ストーリー』ユニバース10本目を飾る記念作と銘打たれての公開となる。

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香港警察の正義感溢れる熱血刑事チェン・カークイを主人公とするのが基本のシリーズ。原題が“警察故事”とされているものが正式なシリーズである。その他同じ原題を冠しながら世界観が異なる独立したものやスピンオフ作品、また邦題でのみポリス・ストーリーと冠されるもの、それら全てひっくるめてユニバースとしているようだ。本記事では基本的なシリーズの歴史を振り返りながら最新作となる『ポリス・ストーリー/REBORN』へ迫っていきたいと思います。

 

 

 

 

1985年公開

『ポリス・ストーリー/香港国際警察(原題:警察故事)

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記念すべきシリーズ一作目。初期の『酔拳』や『蛇拳』などの伝統的なカンフー映画から80年代へ入り現代アクションへとシフトしたジャッキーの決定打となった作品。カンフーだけではない現代的なエッセンスとして大掛かりで体を張った渾身のスタントシーンをこれでもかと詰め込んだ傑作。ジャッキー自身もベストの一本として挙げおりジャッキーのアクションの全てが詰まっているといえるまさに代表作である。

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「山の急斜面をバラック小屋を破壊しながら爆走するカーアクション」

「二階建てバスに傘を駆使してしがみ付くチェイスシーン」

「ショッピングモールでの対複数の格闘バトルによるクライマックス」

この3つのアクションシーンがまず核としてありそれを構成するために後からストーリーが組み立てられている。ジャッキー独自の製作スタイルだ。かといって話がおざなりになっているという訳ではなく、組織の規律や恋人の間で板挟みになりつつも犯罪へ立ち向かう正義の男の熱い物語が非常に丁寧に作られておりジャッキーの持ち味であるコミカルさも兼ね備えストーリーとアクションのバランス良しな娯楽作となっている。

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マギー・チャン演じる恋人のメイ、そしてトン・ピョウ演じるチョー警部らとのコミカルなやり取りはシリーズのストーリー面での見どころのひとつ。現場の警官のプライベートにも焦点を当てるストーリーは、実際にプライベートを犠牲にしながら危険な職務へ従事している本職の警官へのジャッキーなりの賛辞、エールであると思う。日本公開版のオープニングには香港警察への賛意が英文でクレジットされている。

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何度も言わずもがなアクション面ではジャッキーの決死のスタントが最大の見どころであるのは間違いないが自分がこの映画の一番のお気に入りであるシーンは別にある。

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署で電話番をするチェンが殺到する電話にてんやわんやになるシーン。さらに鉛筆を箸代わりにしてラーメンを食べて、鉛筆についた消しゴムを一緒に飲み込んでしまうくだり。ジャッキーが巧みな一人芝居で笑わせてくれる。本筋には関係のないシーンで脚本に細かく書き込まれているとも思えずアドリブ的なシーンだと思うが、大掛かりなアクションシーン以外にもジャッキーが最大限観客を楽しませようという心意気が現れていて凄く好きなシーンなんですよね。

 

 

 

 

 

主題歌『英雄故事』

ジャッキー映画といえば本人歌唱による主題歌。特に本作の英雄故事は最もよく知られている主題歌だと言えるだろう。映画とは関係なくジャッキーの歌手としての嗜好などから曲のイメージが本編にそぐわない場合もあるが(詳しくは後述。)

アップテンポな曲調、熱い正義のメッセージが込められた歌詞が見事に本作にマッチングしている。共に流れる驚愕のNGシーンとの相乗効果で興奮冷めやらぬフィナーレを飾る名曲中の名曲。最新作REBORNにも本曲が採用されている。

 

 

 

1988年公開

『九龍の眼/クーロンズ・アイ』

(原題:警察故事 續集)

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直接連結している続編なのだが前作の興行成績が予想より下回ったことから日本では続編というソースは扱われずポリス・ストーリーの冠を外した独自の邦題にて公開された。ジャッキーの監督10本目記念の超大作という触れ込みにて夏休み映画として何と本国よりも先駆けて公開、当時の日本でのジャッキーの人気ぶりを窺わせる。ミステリーかアドベンチャー映画風のタイトルだが本編を観ても何が“九龍の眼”なのかは一切不明。後にビデオの廉価版リリースの際に『ポリス・ストーリー2/九龍の眼』へ改題。

 

前作と比べ大掛かりなアクションスタントは控えめでカンフーアクションが主体となっている。前半のチュウ一味との喫茶店、公園での複数バトル、クライマックスの工場でのアパアパ戦と身体能力的にはこの頃がピークであろうジャッキーのスピーディでキレのあるアクションは必見。

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そしてシリーズ中でも屈指のインパクトを残す最強の敵、通称“アパアパ”。耳が不自由でアパアパとしか発することが出来ない障害者の男なのだが…

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強力無比な足技の持ち主であり激強。さらに手製のかんしゃく玉やラジコン爆弾でチェンを相当に苦戦させた。今だと批判の対象、炎上してしまいそうな障害者設定のキャラクターだがしかし観た者に残すインパクトはでかい。演じたのは《成家班》(ジャッキー・スタント・チーム)でスタント・コーディネイターを務めていたテコンドーの使い手、ベニー・ライ。前作にも敵役の一人として出演している。強力な足技を持つ仇役はこれ以降のジャッキー映画でも定番となっていく。

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ストーリー面では前作で逮捕したチュウ一味の報復から企業脅迫を行う爆弾テログループと警察の対決へとシフトしていくという筋立て。チェンが特捜班のリーダーとなり爆弾犯の正体に捜査で迫っていくなど最も警察ものらしい展開になっている。恋人メイとの関係性により焦点が当てられ職務のせいで危険に晒され二人の中に亀裂が生じるというドラマティックな展開を見せる。メイがチェンへの想いを託した“手紙”がまたニクい使いかたをされていて泣かせるんだコレが。

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ラストを飾るシリーズ最大級の大爆破も発見。

 

 

 

 

 

主題歌『我要沖霄』

今作のために新たに作られた主題歌だが香港より先駆けて公開された日本公開版には収録が間に合わずに日本では前作同様の英雄故事が採用されている。日本版では永らく聴くことが出来なかったが完全日本語吹替版のBlu-rayに香港公開版が収録されたり、また今日ではこのようにyoutubeなどで聴くことも出来るようになった。英雄故事のメロディラインを基調として更に更にアップテンポにしたような前作に劣らず熱い名曲。

 

 

 

 

 

1992年公開

『ポリス・ストーリー3』

(原題:警察故事3/超級警察

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従来通りのタイトルが戻った三作目。いち所轄警察の物語だった前二作とは趣が異なり香港を飛び出して中国本土そしてマレーシアと国外を股にかける壮大なストーリーと史上最大スケールのアクションが展開するシリーズ最高潮の一本。本作でジャッキーと初タッグとなったスタンリー・トン監督のダイナミックなアクションが見どころ。

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麻薬王のアジトにて展開する戦争映画さながらの銃撃戦、命綱を付けずに縄梯子にぶら下がりヘリコプターに振り回されるジャッキーのスタント等今までより更にスケールのデカいアクションが見どころだがそのジャッキーを喰ってしまうほどの鮮烈な活躍を見せるのが…

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チェンの相棒、公安捜査官ヤンとしてジャッキー顔負けのアクションスタントをこなす香港きってのアクション女優ミシェール・ヨー。(当時はミシェール・キング)結婚を機に引退していたがジャッキーの熱烈なラブコールによって本作で復帰を果たした。その後も多くのアクション映画で活躍を続けボンドガールとしてハリウッド進出も果たし、ジャッキーと並んで世界で活躍するアジアのトップスターの一人となったのはご存知の通り。

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あまりにも鮮烈な活躍ぶりから彼女を主演に据えたスピンオフ作品まで製作された。(詳しくは後述。)彼女とのバディアクションとしての趣も強く前二作とはやはり方向性が大分違っている。

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チェンは中国警察へ出向。麻薬シンジケートの潜入捜査を命じられ中国、マレーシアと国外を駆け回るが恋人のメイやチョー警部のお馴染みのレギュラー陣もチェンを追いかけるように登場して場を盛り上げてくれる。メイはいつもの如くしっかり事件へ巻き込まれる…ので作風はやや違いつつもシリーズの連続性は保たれる形になっている。

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またジャッキー映画に数多く出演しているユン・ワーがワイルドな悪役パンサーを好演。他にもジャッキー映画にて悪役を演じた『サイクロンZ』では全く違うキャラを演じているので見比べてみるのも面白い。

 

 

 

 

 

主題歌『謎』

この当時のジャッキーはしっとりとした大人の曲を歌う嗜好だったようで、本作の主題歌はジャッキーが失恋の“謎”を切々と歌い上げるバラード調の曲となっている。それでもサビになるにつれしっかりアップテンポな曲調になるためアクション映画の主題歌として外してはいないが歌詞の内容はもう全くポリス・ストーリーにはそぐわないものだったりする。これまでと路線は変わってはいるがこれもまた名曲。

 

 

 

 

 

1996年公開

『ファイナル・プロジェクト』

(原題:警察故事4之簡單任務)

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はたまた四作目にして独自の邦題。香港返還前最後のジャッキー映画でありハリウッド進出も目前であったからか、やたらに“最後”とか“ファイナル”推しで宣伝された。公開当時の新聞記事では「劇中で遂にジャッキー・チェン死す?!」というようなことまで書かれていたと記憶しているがもちろん本編でそのようなことはない。前作の路線を更に拡大して本作ではウクライナ、ロシア、オーストラリアを股にかけた国際的なスケールでアクションが展開。

 

れっきとしたシリーズ四作目ではあるもののジャッキー以外のレギュラーはトン・ピョウのみでマギー・チャンも登場せずシリーズの連続性は薄くなっている。役名も何故か英語名となっているので(チェン刑事ではなく本作ではジャッキー)一部の書籍などではこれまでとは別の設定と勘違いしているものまである。核弾頭を巡りCIA、FSB入り乱れての国際的な陰謀という展開はポリス・ストーリーというよりさながらスパイ映画であり別タイトルになっているのが逆に違和感がなかったりする。

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スパイ映画の代表格である007の十八番のスキースタントに挑戦。標高1800メートル、マイナス30℃の雪山で防寒着も着ずに軽装のままのスノーボードチェイス。なんとこの撮影でジャッキーはウィンタースポーツ自体初めてだったという。あまりにもの無茶ぶりにスタッフ全員が止めに入ったそう。チェイスの末に崖からジャンプしてヘリコプターへしがみ付き、最後は凍てついた極寒の湖へと落下。凍死寸前になるまでの身体の張り方は華麗な007とは程遠いがこれぞジャッキースタイル。

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更に鮫が泳ぐ水槽の中での水中カンフー対決など今までとは別種の特殊な状況下での危険極まりないスタントが見どころ。特に前作に顕著だったアクション映画にお決まりの爆発や銃撃戦などの画的な派手さはないがジャッキーにしか思いつかないジャッキーしかやろうとしないであろうアクションは実に見ものだ。

 

国外でまた新たに大掛かりなスタントに挑むジャッキーの姿はこの後にハリウッドへ世界進出するジャッキーの更なる活躍を期待させるものであったが、ハリウッドでのアクションへのスタンスや撮影システムの違いからハリウッドではジャッキーが満足いくアクションは撮ることが出来なかった。ハリウッドでは思う存分に暴れられなかったフラストレーションが次作を製作する要因ともなるのだが。

 

 

 

 

 

主題歌『英雄故事』

一作目以来に「英雄故事」が主題歌として採用された。新録音によるニュー・アレンジ・バージョン。エンディングにこの主題歌が流れた時に初めてこの作品がポリス・ストーリーだったのだと気づいた人もいたとか。

 

 

 

 

2004年公開

香港国際警察/NEW POLICE STORY』(原題:新警察故事)

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前作から暫くハリウッドを拠点にしていたジャッキーが久々に香港オールロケで作り上げたシリーズ五作目。原題に“警察故事”と冠された正当なシリーズの流れを汲む作品だが“新”と付け加えられた本作ではこれまでの設定は一新されている。本作ではチェン・カークイ刑事ではなくチャン・コーウィン警部である。シリーズの八年のブランクの間に香港返還、ハリウッド進出とジャッキー自身にも大きな変化が訪れ前作までとは大きく製作体制も変わった。

 

ハリウッドではアクションへ対するスタンスの違い、製作撮影のシステムの違いから自身の納得いく映画作りが出来なかったことが製作の理由のひとつ。奇しくも一作目の製作にも似たような経緯がある。80年代に最初のハリウッド進出へ挑戦した時に製作されたポリスアクション『プロテクター』が監督と意見が対立し納得のいく出来とならなかった為、ならばと香港へ戻り自身の本当にやりたいことを全て詰め込んで製作したのが『ポリス・ストーリー/香港国際警察』だった。

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その一作目当時と臨む心意気は同じにしても果たして同じことが出来るのか?!当時でジャッキーも50歳。年齢による衰えは感じつつもまだ自分はやれるのかというかつての自分、そしてその代表作への挑戦。その意味での新しいポリス・ストーリーだったんじゃないかと。だから本作で盛り込まれるアクションスタントは過去作の“再現”といえる。お馴染みの高所スタント、お馴染みの二階建てバス。本作はジャッキー自身によるリブート作というのが正しいだろう。普通はリメイク、リブートというのは新たな役者がやるもんだけども。

 

そしてただ過去への自分の挑戦だけではない。それと同時にジャッキーとそして香港映画の未来を見据えた作品でもある。

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ジャッキーの持ち味のコミカルさと熱さを兼ね備えていた前作までと打って変わって本作はグッとシリアスな作風になっている。警察を標的にゲーム感覚で犯行を繰り返す凶悪な武装強盗グループを、部下を率いて逮捕に向かったチャン警部は作戦の失敗により部下を目の前で惨殺されてしまうという衝撃の展開で物語は幕を開ける。

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仲間を無惨に奪われたチャンの慟哭の叫び。これまでにない渾身の泣きの芝居をジャッキーが見せる。本作ではアクションスターとしての自分の現状を確認しつつ更に今後の“役者”としてのジャッキーを見据えてもいたのだ。今はまだ動けるがいずれはアクションを引退する時がくる。本作以降、脱アクションという自分の方向性をジャッキーは模索していくことになる。

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そんなジャッキーの新たな一面を引き出してみせたのは監督ベニー・チャン。香港国内だけでなくハリウッドなど外国映画の影響も大きく受け、良く言えば勢いで見せていたかつての香港映画にはなかった精緻なシナリオやディティールと合わせてバランスよくアクションも撮れる新世代の監督だ。ジャッキーとは1998年の『WHO AM I?』で共同監督として初タッグを組んだ。

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この次世代の作り手たちと仕事をすること。これが自分のみならず香港映画の未来を見据えたジャッキーの意志であったと思う。一作目の『ポリス・ストーリー/香港国際警察』はジャッキーは主演のみならず監督、脚本、武術指導と一人で何役もこなしている。言うなればジャッキーはワンマン体制でその他多くの代表作も作り上げてきたのだ。それを若手の監督にある程度裁量を任せることで自身の新たな一面を引き出すと同時に自分が培ってきた映画製作の技術や魂を次の世代へ継承しようとしていたのではないだろうか。

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またジャッキーは後進の役者の育成にも熱心だ。2000年代以降は自身のプロデュース作で多くの若手スターを強力にバックアップしている。本作はジャッキーが目をかけてきた次世代の若手スターとの初の本格的な共演を果たした作品でもある。(それ以前はカメオ出演程度の絡み。)

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ジャッキーの秘蔵っ子と呼ばれていたダニエル・ウーニコラス・ツェー。ジャッキーとの本格共演によってその映画魂を現場で直接叩き込まれただろう。ダニエルは後年、ジャッキーとアクションを演じた俳優は全員非常に厳しい指導を受けたと語っている。本作以降もジャッキーは積極的に有望な若手の俳優と共演しており、主演を務めながらも以前とは違う俯瞰した立ち位置にて若手の成長を促しているのだ。

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新世紀を迎えたジャッキーの今後の新たな展望が垣間見え(その辺を思うようになったのは後になってからだけど。)かつての代表作へ挑みハリウッドでのフラストレーションを晴らし当時最高のアクションを見せつけてくれた本作はゼロ年代を代表するジャッキーの新たな代表作であり一作目に負けず劣らず好きな作品。自分がリアルタイムで初めて映画館で観たポリス・ストーリーだから特に感慨深いというのもある。

 

先にも述べたがこの作品から顕著にジャッキーの製作へ対する姿勢は大きく変わってきている。自分の作りたい映画をこだわり抜いてワンマンで作っていた時期とは違いそこにはもっと自他を含めいろいろな思惑があると思う。自身の製作会社JCEムービーズ(ジャッキー・チェン・エンペラー)を本作で立ち上げたのも自身の主演作だけでなく新たな製作体制を確立し香港映画全体を盛り上げる為だろう。なので本作以降のジャッキー映画は果たしてジャッキーが今後どこへ向かおうとしているのか?映画界に何を残そうとしているのか?というのを重点に置いて観て欲しい。一作一作ごとね。

 

ややスタンスが変わってきたジャッキー映画に以前のような作風やアクションを求める向きもあろう。でもだ、既にジャッキーは100本を超える映画をこの世に送り出している。まあその全てがアクションではないにせよ、それでも充分過ぎるほどに我々を楽しませる多くのアクションを見せてくれた。ここで更に全盛期のようなアクションを求めるのは贅沢というものだ。それに我々ファンはある不安を抱えてはいなかったか。あまりにも危険なスタントに挑み続けるジャッキーがいつか撮影によって命を落としてしまうのではと。それが還暦を超えた今でも無事に勢力的に活動しているのだ。それだけで御の字だと思うべきだ。これから脱アクションの方向に向かうとしても役者から監督業に専念することになっても変わらずに我々を楽しませ続けてくれるだろうジャッキーを全力で支持したい。

 

 

 

 

 

主題歌『九月風暴』

3の主題歌と同じ路線でアップテンポながらも切なさが節々と込み上げてくるような曲。本作のシリアスな作風にはマッチした曲になっている。本人歌唱の曲と共に流れるNG集も健在でジャッキーが香港映画へ戻ってきたことをじっくりと噛み締めた想いとも相まってこれも名曲だ。

 

 

 

 

 

2013年公開

『ポリス・ストーリー/レジェンド』(原題:警察故事2013)

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更に九年のブランクを開けた六作目。前作とはまた設定を別にする。本作で演じるのは中国公安局のジョン・ウェン刑事。そうこの本作、前作までと大きく違う点として香港映画ではなく製作とロケ、監督や役者の出身もオール中国であり中国による中国のためのポリス・ストーリーとなっている。それ故にシリーズの流れは汲まない。

 

九年のブランク間の大きな変化として中国映画の巨大市場化があった。ハリウッドも無視できない市場や資本力を持つまでに成長した中国映画へジャッキーも製作をシフトしていた。

 

また前年2012年に公開された『ライジング・ドラゴン』にてジャッキーが本格的なアクション映画からの引退を表明した為、脱アクションで“役者”へとシフトしたジャッキー映画になっておりこれまでのようなアクションありきで製作されてきたシリーズとは違う異色作となっている。

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前作より更にシリアスな作風が増し(前作にはそれでも多少コミカルな面があったが本作には一切ない。)アクションスタント無しで要塞と化したナイトクラブでの人質籠城事件を描く犯罪サスペンス的な内容になっている。とは言いつつ監督の要望により現場でアクションが増やされていった。「監督に騙された。」とジャッキーの弁。アクションが全く無くても成立する構成なのだが騙し騙しでアクションを入れ込んでいった監督の英断に感謝。

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だが本作のアクションはそれまでのジャッキー映画の様な従来のエンタメ志向のアクションではなくこれまでになく泥臭いリアルファイト志向。ジョンの人物を語る上での刑事人生の回想シーンにおいては従来のテイストに近いアクションが見られるが。その部分が監督が増やしたアクションシーンだろう。

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本作のアクション最大の見どころ。人質解放をかけた金網デスマッチ。ジャッキーが総合格闘技を取り入れたリアルファイトをどう演出するのか?必見である。ジャッキーが流血しリアルなダメージを負い劣勢に立たされる本アクションは従来のジャッキーのアクロバティックで様式美的なカンフーとは全く違うがジャッキーアクション史上最も感情を揺さぶられる闘いである。今の年齢を見据えたからこそ辿り着いたアクションの境地。

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シリーズの中でも異色の作風を打ち出しジャッキーの違う一面を引き出したのは中国の新鋭監督、ディン・シェン。ジャッキーが20年来企画を温めていた『ラスト・ソルジャー』(2010年)の監督へ抜擢されてから本作が二度目のタッグ。

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ジャッキー映画三本目の登板となった『レイルロード・タイガー』(2016年)のような娯楽作を撮ることも出来るが、どちらかといえばストーリー志向、作家性の強い監督。ジャッキーがディン・シェン監督と組む場合は自分の新たな一面を見せたいと思う時だろう。今度こそアクション無しのジャッキーの新たな魅力を存分に引き出した作品を手掛けるかもしれない。今後の二人の動向は要注目だ。

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本作でジャッキーも還暦。『サンダーアーム/龍兄虎弟』(1986年)以来に短髪へ刈り上げ渋味の増した演技を見せる。はたまたこれまで相手役の女優は基本的に恋人役だったが本作での女優は娘役。年頃の娘を持つ父親という年相応の役である。

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娘役を演じたのは新鋭女優、ジン・ティエン。この後すぐにハリウッドへ進出を果たしレジェンダリー・ピクチャーズの看板女優へと躍進した。

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ジャッキーと共演した若手の中でも一番の急成長株だ。ジャッキーと共演した若手は売れる?!そんなジンクスまであるかはさておきジャッキー映画への出演が大きな経験になり飛躍のチャンスとなるのは間違いないだろう。ジャッキーの元から今後の香港、中国の映画界を担う次世代のスターが出てくるかもしれない。

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ポリス・ストーリーの新たな方向性を見せ、脱アクションのジャッキーという今後の展望も垣間見える野心溢れる意欲作。これまでのジャッキーが目指していたもの、そしてこれからのジャッキーが目指しているものは否応にでも変わる。これから先の活躍を見届けるファンもそこの意識を変えなければならない。今、そしてこれからのジャッキーを語る上で前作以上に更に重要な作品だ。各年代ごとにジャッキーの新たな挑戦やターニング・ポイントとなってきたシリーズ、それがポリス・ストーリーなのだ。

 

 

 

 

 

主題歌『拯救』

予告編には英雄故事のイントロが使用されていたが、シリアス一辺倒な本作にはさすがにミスマッチ。本編のシリアスな雰囲気に合わせて、ジャッキーがしみじみと美声を聴かせる、これまででも最も切ない曲調になっている。元々はラップ部分やコーラスで参加している中国の歌手、孫楠(スン・ナン)の曲であるらしい。本編の内容に沿った歌詞であるからかエンディングだけでなく本編中にも使用されている。

 

 

 

 

 

【その他】ポリス・ストーリー・ユニバース

ここまで紹介してきた正式なシリーズ作品を数えて六作品。後はシリーズに関連あったりなかったり…やや無理くりユニバースと括られた残りの三作品をここで簡単に紹介。

 

『プロジェクトS』

(1993年)

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先述した『ポリス・ストーリー3』のスピンオフ作品。ジャッキーを喰ってしまう活躍を見せたミシェール・ヨーを主役に据え監督も本家同様にスタンリー・トンが務めている。ジャッキーもなぜか女装してカメオ出演。唯一シリーズの関連作といえる作品だが日本国内では未DVD化。『REBORN』の公開を機にDVD化して欲しいものだ。

 

『新ポリス・ストーリー』

(1993年)

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邦題はポリス・ストーリーだが原題は“重案組”で全くシリーズとは関係のない作品。1990年に香港で実際に起きた資産家誘拐事件を元に映画化したノンフィクション・サスペンスであり作風も異なる。ある程度簡略化されてはいるが誘拐事件における警察の捜査をリアルに描写するなど実録テイストでありとことんシリアス。それでも終盤にはジャッキーらしい大掛かりなスタントが展開されている。元々はジェット・リー主演で企画されていた。

 

『新・ポリス・ストーリー』

1984年)

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全く同じ邦題でややこしいが公開はこちらが先のコメディ映画。ジャッキー映画でもこれは『五福星』からのスピンオフ作品。ジャッキーも同様の役にてカメオ出演している。更にこの作品の続編として『ユン・ピョウinポリス・ストーリー』が存在するがコレにはジャッキーは出演していないからかユニバースには数えないようだ。

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さて、その他ユニバース作品まで数えて遂にポリス・ストーリー・ユニバースも九本となった。そして記念すべき10本目を飾る最新作が…

 

 

 

 

 

2017年公開

『ポリス・ストーリー/REBORN』(原題:机器之血)

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ぶっちゃけ言ってしまえばこれは一切合切まったくポリス・ストーリーではない、原題からもわかるように。伝説が生まれ変わる…!!いや生まれ変わるも何も最初から別作品だから!!!

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『机器之血』“Bleeding Steel”

本国ではジャッキー初のSFアクション大作という触れ込みだった本作が日本公開が決まったらポリス・ストーリーシリーズ最新作ということになっていたものだからビックリした。

本作をポリス・ストーリーだと日本で言い張る根拠はたった一つ。主題歌が一作目と同じ“英雄故事”だから。それだけだ。

シリーズの歴史を振り返って見た点でも分かるように宣伝戦略の都合で、これまでシリーズの統一性をその都度蔑ろにされてきたポリス・ストーリーだが、ここにきて全く関係ない作品にその看板が掲げられるって面白い因果ではあると思う。過去に正式なシリーズ作なのにポリス・ストーリーと名乗れなかった作品とは対照的。

たしかにこの主題歌を聴くとまずポリス・ストーリーを想起するのは間違いないのでタイトルもそうしたいという気持ちは分かるんだけど。でも本編を観ると尚更にコレはポリス・ストーリーじゃないという気持ちは強くなる。

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日本の予告編やCMには一切SF要素を感じさせる部分が出てこないけど、敵からしてこんなの出てくるからね。全然違う世界観ですよ。まあでもSFというよりか少年マンガ的な世界観です。百歩譲ってもポリス・ストーリーではないのだが、でもジャッキーがその代表作の主題歌を本作へ持ってきたことには何かしらの真意があることは間違いない。ポリス・ストーリーではないと口を酸っぱくして言いますが便宜上はシリーズ最新作ということで話をします。

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前作はシリアスに徹していたが本作ではコミカルさを交えて従来のエンタメ路線へと戻る。ジャッキーらしい創意工夫に満ちたアクションが満載だ。“ジャッキーって結局アクション辞めないの?”と、『ライジング・ドラゴン』(2012年)を最後にアクション引退宣言していたことが気にかかる人もいるかと思うがジャッキーのこの発言の真意は恐らく「命の危険が伴う身体を張ったスタントアクションからの引退」である。アクション映画そのもの一切を製作しないという宣言ではない。実際その後もアクション映画自体は製作を続けている。

 

近年の作品でのアクションではスタントダブルやグリーンバックでの合成の使用や以前のような長回しではなくカットを割った見せ方をするようになった。とは言っても身体能力だけでなく豊富なアイデアやアクションの構成に長けたジャッキーだから以前のアクションと比べても明らかに見劣りするということはない。本作のオペラハウスにおける攻防も正にジャッキーらしい見事なアクションになっている。

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ジャッキー自身の衰えによって特殊効果を使ったアクションの見せ方をするようになったのも確かだと思うが、かつてジャッキーが身体を張っていたのも今では当たり前に使える特殊効果が当時はなかったからその身体を張るしかなかったとも言える。今では危険に身一つ晒さずともデジタルを駆使して迫力あるアクションを撮ることが可能だ。その今の技術を駆使してのジャッキー的アクションの構成も目的にあるのではないだろうか。

 

それは後世へのジャッキー的アクションの継承に繋がっていると思う。俺が個人的に思うに真のジャッキーの後継者という人物はさすがにもう現れないと思うのだ。それだけジャッキーは偉大過ぎる。これまで多くの困難なスタントを成し遂げてきた類稀な身体能力は勿論のこと、そのアクションを構成する演出力や映画製作の能力、更にアクション以外にも人を惹きつける天性のスター性などこれほどまでに多彩な才能を有した人物がそうそう簡単に出てくるはずがない。

 

だからそのアクションの技術をきっちり形として後世へ継承しようとしているのだと。ジャッキーだけが出来るアクションではなくそこを目指す全ての人間が命の危険を犯さずに可能になるように。これもまたジャッキーが若手の役者との共演によって現場で直接自身のアクションを見せ、そしてそのアクションを伝授しようとしているだと思う。

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本作ではジャッキーだけでなくその他の共演者にもしっかりとアクションの見せ場が割り振られておりその中でもエリカ・シアホウが見せる華麗な足技がなかなかに見事だ。

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台湾の人気スター、ショウ・ルオはややメタな視点でのジャッキー映画のパロディ的なアクションを演じておりこれも面白い。

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彼自身ひょうきんな性格のようでジャッキーがアクションだけではなく彼には自分の持ち味のコミカルさも体現させようとしているのが興味深い。

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撮影当時若干16歳であった新星女優オーヤン・ナナもジャッキーの元で果敢にアクションへ挑戦。

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オーヤン・フィーフィー(欧陽菲菲)の姪に当たり母親の女優フ・ジュアンもジャッキーとは旧知の仲である芸能界のサラブレッド。女優業の他に世界的なチェリストとしても活躍している。先述したようにこれからのアジアの映画界を担うであろう才能ある若手と仕事をし彼らをバックアップするのがジャッキーの意向だ。それはまた監督も然り。本作の監督を務めたのは長編の監督作がこれでまだ二作目の新鋭レオ・チャン。

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本作はジャッキーが製作総指揮を務めレオ・チャンは監督並びに脚本も担当している。ジャッキーと相当に交渉を重ねて準備をしたそうで、製作に関してもジャッキーがバックアップする形で才能ある若手監督へ裁量を委ねた姿勢が伺える。本作がSFというジャンルになっているのはこの監督レオ・チャンの趣味ではなかろうか。

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日本も含めアジア映画ではまだ本格的SFというのは弱いジャンルだが巨大な資本力を持った中国映画から傑作たるSF映画が輩出される日も遠くないように思う。その足がかりにまだ監督二作目の新人監督へ大きなチャンスを与えたという感じか。ジャッキー主演の大作となればおのずとビッグバジェットの作品となるしジャッキーが製作を務めいざとなれば現場のコントロールも出来る体制でレオ・チャンの思うように作らせたというところだろう。

 

まあマンガと評したようにまだ微笑ましく思えるようなテイストではある。終盤の構図なんかもろスターウォーズっぽかったりハリウッドの真似事のように見えてオリジナリティには欠ける。またジャッキーにSFというちょっと見慣れない異物感もあるからポリス・ストーリー推しの宣伝でSF要素を網羅してないのがより拍車をかけてしまうように思う。

 

これまで多数の映画を製作してきたジャッキーでもまだ挑戦していない未知のジャンルへ挑戦した気概とその新鮮味を楽しもう。これから中国香港の娯楽映画が進む可能性にも期待を込めて。だからハッキリと言っときますよ。これはポリス・ストーリーではなくて別のポテンシャルを秘めたSFアクション映画なんだって。

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SF要素が強いしコミカルな部分もあるが、でも根底のドラマはシリアスだ。前作と同様に父と娘の関係を軸にしたドラマにはグッとくるものがある。そこは最近のジャッキー映画の流れを汲んだものであるし、この軸があるからマンガっぽくても決してバカっぽい映画にはなっていない。

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さて、ではジャッキーがこの映画がポリス・ストーリーではないにも関わらずその主題歌“英雄故事”を採用した真意についてだが…

長々と述べてきたように時代の変遷によって製作に対する姿勢は色々と変わりつつも観客を楽しませる為の映画を作るという気持ちはポリス・ストーリーの当時と変わってはいない。これからもエンタメ志向の映画をまだまだ精力的に作り続けるというジャッキーの意志表明ではないだろうか。

 

役者として脱アクションの方向性を模索する作品も並行して製作していくのだろう。今同じく公開中の『ナミヤ雑貨店の奇蹟 ─再生─』 では全く脱アクションの老人を演じている。

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こちらの方向性もあって今後のジャッキーはアクションを製作しないという誤解も生じるだろうからそれをハッキリさせる上で高らかに名曲“英雄故事”を本作で歌い上げたのではなかろうか。まあそのせいで日本での展開がややこしいことになっているとこもあるんだけども。

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いずれは役者業から退き監督業に専念して主演ジャッキー抜きでの若手役者を起用したジャッキー映画を作り上げる時が来るはずだけど、でもまだまだ“英雄故事”にて精力的な活動を宣言したジャッキーはスクリーンでその姿を見せて我々を楽しませてくれるはずだ。全盛期のジャッキーに想いを馳せるのも良いがやっぱり映画ファンは“今”の映画を観るべきだ。今のジャッキーを!!ということで『ポリス・ストーリー/REBORN』絶賛公開中だ。

クレヨンしんちゃん 爆盛!カンフーボーイズ〜拉麺大乱〜

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今の時代に蔓延する病巣へ鋭く切り込んだ感動路線でもないギャグ路線でもないクレしん映画の新たな傑作!!!

公開当時もそのようにツイッターでつぶやいたのですが、この度11月9日に目出度くDVD &Blu-ray発売と相成りましたので、いつでもこの傑作が見られるゾ!!ということでちょっとした紹介記事をば。更に公開以後のトピックとして今年6月29日をもって野原しんのすけ役を降板した矢島晶子さんの劇場最後の登板ともなりましたからこの作品を見届ける意義がより深いものになったとも言えますね。完全なネタバレは無しにてお送りしたいと思います。

 

 

 

 

 

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今作は見ての通りにカンフー映画をモチーフにした作品となっていますがただカンフー映画のパロディを表層的に盛り込んだ作品ではない。映画ファンをくすぐるような分かりやすい映画ネタ的パロディは殆どない。

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というのもジャッキー・チェンを駆り出すまでの徹底的なカンフー映画パロディは既にテレビスペシャル『トレジャーハンターみさえ』にてやり尽くしており表層的なパロディをやってもこれ以上のものにはならないとの監督の判断から今作ではより深くカンフーへ切り込む、まさに武術の真髄を追求するという内容となっています。

 

それが前述した現代へ一石を投じる切れ味鋭いテーマにも繋がっており、オトナ帝国の呪縛を脱して今まさにクレしん映画第二の黄金期ともいえる盤石のクオリティにて更に新たなる傑作がここへ放たれたことに公開当時にとてつもなく感嘆したのであります。

 

 

 

 

 

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今作の敵は食べた人間が中毒を発症し凶暴化する危険なラーメンで世界を牛耳ろうと企むドー・パンパン率いるブラックパンダラーメン。平山夢明著の東京伝説の『カンダタラーメン』を彷彿とさせる若干アブない匂いを感じさせますね。(元ヤクザのラーメン屋がラーメンの隠し味にシャブを振りかけてたというお話です。)

 

しかしこのいかにも悪役然とした悪役はあくまでも今作で描かれるテーマの前座でしかなかったりする。悪に対する“正義”これこそが今作のテーマとなっています。

 

 

 

その一方、カスカベ防衛隊の面々は…

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何やらいつもと様子の違うマサオくんを心配したカスカベ防衛隊の面々が休日のマサオくんの後をつけていくと……

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春日部市内の中華街“アイヤータウン”にてマサオくんはカンフーの修行をしていたのでした。

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その名もぷにぷに拳!!この拳法を極めし者は世界に“平和”をもたらすと言われている伝説の拳法。ここで“平和”という言葉も出てきました。平和、そしてそれをもたらす正義…今作は真の正義とは何か?真の平和とは何か?がテーマになっています。

 

 

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そしてそのぷにぷに拳の師匠を関根勤さんが演じています。これまた関根さんの演技が非常に達者で言われなければ分からないぐらい自然に演じています。非常に聴きどころです。筋金入りの映画ファンの関根さんだから嬉々として演じていたのでしょうね。ゲストの芸能人キャストの巧みな使い方もクレしん映画の特徴です。他にもみやぞんの使い方なんかも実に上手い。合わせて本編で確認してください。

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師匠の一番弟子、今作のヒロインであるランちゃん。案の定しんのすけは綺麗なおねーさんに惹かれて、そしてカスカベ防衛隊の面々は正義を守るための戦力アップのために、みんなでぷにぷに拳を学ぶこととなります。

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かくして修行に励むカスカベ防衛隊。だがアイヤータウンの一帯を地上げで潰し巨大なブラックラーメンヒルズを建てようと企むブラックパンダラーメンの魔の手が迫ろうとしているのでありました……。

 

 

 

 

 

 

お話のさわりはこんな感じ。分かりやすく正義と悪の闘いが繰り広げられる訳ですが、テーマが明確に浮き上がってくるのは中盤以降。“正義”と“平和”がテーマと申しましたが思いもよらぬ展開を見せていきます。熾烈な闘争の果てに辿り着く行き過ぎた正義。これがとあるキャラクターの変化によって描かれます。これです。これこそが現代に蔓延する病巣というべきもの。特にこのネットだとよく目にすると思います。過剰な正義を暴走させる輩の姿を。こういうテーマを持ってくるところは流石としか言いようがないです。

 

ぷにぷに拳法の奥義を全て修得したものだけにもたらされる究極の奥義“ぷにぷに真掌”この奥義によってこの世に平和をもたらすことができるとされている。ブラックパンダラーメンを打倒するためこの奥義を会得しようとするのですが……確かに平和をもたらす技には違いないのですがその実態はかなりヤバい。ここからの展開こそが描かれるテーマの真骨頂である。これも本編で確認を。

 

 

 

 

 

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宣伝では友情というテーマも前面に出されています。誰より先にカンフーの修行をしていたにも関わらず奥義を会得できず落ちこぼれてしまうマサオくん。失意のあまりカスカベ防衛隊を離脱してしまうのですが…ここも“力なき正義は無力なのか?”というテーマがあるかと思います。マサオくんとしんのすけたちを巡る友情も終盤の展開へと絡んでいきます。

 

 

 

そして終盤はクレしんらしいアバンギャルドなクライマックスを見せ、そこに至るまで色々と丁寧に伏線が敷かれていたことが分かる構成も見事で。そして少し話を遡りますがそこ伏線だったのか!って驚いたのと笑ってしまったとこだったので言及しておきたい部分があります。

 

しんのすけの十八番である“ケツだけ星人”を今作なかなか披露してくれません。実は何気にそこが後のとある展開の伏線であるという。ケツだけ星人が披露されるそのタイミング、そしていつもよりキレのあるケツだけ星人、そこに着目してみてください。

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はて、ここまでの私の拙い解説で今作が魅力的に思えたでしょうか?少しでも観たいなと思って頂けたら良いのですけれどもね。

そしてここからは完全に余談となりますが、今作を観て思ったことがありましてね。今作のテーマと同じことをやろうとしていたのでは?と思える作品がひとつありまして。

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それは近年の邦画の中でもトップクラスの愚作と断言してもはばかりない『少林少女』です。何度観てもさっぱり意味の分からない珍妙な作品ですが今作を観たあとだと、目指すべきところは同じだったのではないかと思えます。まあそれが全く1ミリ足りとも表現できていないから愚作なんですけど。少林少女がカンフーというものを通じて表現したかったテーマは爆盛カンフーボーイズが体現したものと同じだったのではないかと思うんですよね。

 

もしかしたら今作を観た後に少林少女を観たら多少なりとも少林少女の評価を見直すことが出来るかもしれません。いや、観なくていいですけどねw

 

 

 

では最後のまとめにぷにぷに拳の極意を唱えて終わることにしましょう。

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トゲトゲやガチガチにならず

常に ぷにぷにの心であれ

人はやわらかい心を持って

己のことばかり考えずに

他人と つながって生きるべし

一見おふざけのネーミングのようなぷにぷに拳ですがちゃんと今作のテーマとメッセージを込めたものであることが分かります。戦うための力ではなく平和を愛する、柔軟で「やわらかい心」を育てること。深いですね。今作で描かれるテーマを主題として長々と語ってきましたが決して押し付けがましくなくいつも通りにただ観ていて楽しい素敵なクレしん映画です。

 

 

なぜベストを語りたいのか

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はて、年末に差し掛かってくると“今年のベスト映画”という話題になりますね。基本的にはベスト10形式で自分が面白いと思った映画を評点順に挙げていくというのが大半だと思います。

自分は単純にランキング形式でベストを語りたくない、ベストとまで呼べる作品はただ作品としての評価云々だけでなく自分にとってそれまでの根底を覆されるような衝撃を受けるような作品だとか長年思入れのある原作ものやシリーズものなどやや歪なまでに特別な想いを抱いてしまう作品こそ自分にとってのベスト!に値するものだと思っています。

 

そのような特別な作品にそうそう出会うようなことはなく年間でとてもじゃないけど10本も挙げられません。挙げられても3〜4本程度。下手すれば1本も挙げられないことも。ここ数年は幸いにも自分のベストと挙げられる作品が毎年ちゃんと出てきていますけどね。

 

まあこれも観た映画を点数化するどころかランキング付けできない、したくないというのが元々あって。客観的な評価はさておいて好きな映画に上も下もなし、全くジャンルの違う映画ではそもそも比較できないこともあるし。ベストと謳うのは自分にとって特別な映画体験となった作品を順位づけとかじゃなくピックアップして挙げてみるという感じにしたいなと。そういうスタンスです。

 

いやしかし変に小難しく考えずに単純に今年心に残った面白かったと思う10本を挙げればいいんだよ!とも思うところもありますけどね。今年はどのような映画が評価されたのだろうと全体的に参照するには奇のてらいのないランキングで良いと思います。でも“個”で見るならば他人の評価関係なくその人の想いが詰まった作品を知りたいとも思いますね。まあ映画好きの自負として世間的に評価が高い作品じゃなく俺の俺だけの作品を選ぶ!って天邪鬼になってもアレなんですが。

 

何をベストに選ぶか?ってのは映画好きとしての自意識を試されるようなとこありますけど、あまりにもポピュラーな作品を挙げればニワカだとか、まあ逆にマイナーな作品を挙げたところで文句言う奴は言うんで他人のことは気にせず各々のスタンスで、としか言えませんね。ハイ。

 

 

とりあえず今年のベスト映画は一本だけかな…今のところ。